【2017秋の安芸路 #3】”安芸の小京都”竹原を歩く(前編)

【2017秋の安芸路 #3】”安芸の小京都”竹原を歩く(前編)

 

前回はこちら

一時間遅れの呉線


三原駅からは、未乗だった呉線の三原側を乗りつぶします。
予定では14時過ぎの電車になるのですが、この日は午前中の大雨で呉線に大幅な遅延が発生し、三原駅の発車標にはまだ一本前(1時間前)の電車が表示されています。

仕方ないので駅のセブンでおにぎりを買って頬張る。
駅員による遅れのアナウンスは時間が経つにつれて遅延時間が増大し、最終的に1本前の電車は14時過ぎに到着。
その便が定時14時台の便とほぼ同じ時刻で運転し、結局予定に変わりはなかったわけですが(笑)


天候は回復していたため、海の眺めはとても良かったです。
なのに昼間は105系のロングシートしか来ないので景色を楽しみづらいのがちょっと残念なところ。
ここでリュックからローライ35を取り出してフィルムを装填しときます。

 


忠海で半分くらいが下車。
そのうちの半分は”うさぎ島”なのかな。

 


列車は14:45過ぎに竹原駅着。

 

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おかえりなさい


竹原は3年半ぶりです。

その間に「たまゆら」は劇場版が完結し、NHKドラマ「マッサン」でもゆかりの地として一時期盛り上がりました。
マッサンブームも終わり、「たまゆら」完結から1年半は経とうとする今はだいぶ落ち着いているようでした(月末にあった憧憬の路の前で出控えがあったのかもしれませんけど・・・)

 


商店街に追加されてた”飛び出しガール”はアニメ聖地では定番になってしまいましたね(笑)


ももねこ様も秋の彩り。

 


旧日の丸写真館はたまゆら関連の展示が消え去ってました。
というか、なんだか人の気配がするので住宅として現役なのでしょうか?

 



ローライ35を手に歩く竹原の町並みは、ちょっと時代を遡っているかの気分になります。

 



土曜ですが街を歩く人はガイドツアー参加のオッチャン達含めて指で数えるほど。
人混みを気にせず落ち着いて歩ける雰囲気があるのは竹原のいいとこなんだけど、なかなか観光客が入ってこないのは地元の悩みのようです。

でも同じくアニメ聖地かつ小京都である飛騨高山と比べるなら、竹原のほうが好きですね。

 

塩の街だった昔の竹原


古い町並みの入口近いところにある笠井邸
ここは無料で入れます。

ここはNPO法人の方々が運営されていて、かつて塩で繁栄した竹原のようすを窺うことができます。
せっかくなのでおばちゃんからお話を聞いてみます。

 

江戸時代、竹原産の塩は江戸や大坂など全国へ出荷される一大産地でした。
赤穂の商人の助言を得て入浜式塩田が整備され、塩の生産が始まったとされているのです。当時の竹原産の塩は「タケハラ」とまで呼ばれていたのだとか。
塩で繁栄した商人たちの住宅が、今の古い町並みとなって残されているのです。
ニッカの創業者竹鶴政孝氏も、この塩商家の出身で、この塩の製造を応用して酒造をはじめられたそうです。

 

ざっと書くとこんな感じ。

残念ながら昭和に下ると塩田はなくなってしまったようですが、零細ながらもこの竹原の塩作りを後世に伝えるべく活動されているのだそうです。

古い町並みがあるということは昔何かがあったわけだけど、「竹原の塩」は今でも地元にとって切っても切れない関係なんだなと感じさせられました。
いい勉強になりますね(^^)

 

(つづく)




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